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原子力災害の法的責任-事後的責任論から法廷での事前熟議へ


 震災から1カ月が経過し、震災そのものの被害から、長期的な問題が報道され始めた。保険、保障、労働・労災、医療・介護、環境汚染、避難生活、そして復興。このような災害時には、弁護士にとっても滅多に経験することのない法律問題が噴出する。

 日本弁護士連合会は、阪神淡路大震災をはじめとする災害後の法的支援の経験を元に、東北地方太平洋沖地震災害復興支援のための公式サイトを作った。このサイトには、被災地における法律相談窓口の情報の他、194項目40頁に及ぶ弁護士と市民のための法律相談Q&A(3月29日付け)が掲載されている。特筆すべきは、原子力損害に関して法制度の問題提起を伴うQ&Aがコンパクトにまとめられているところだ。

 1999年に東海村で発生したJCO臨界事故で、原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)がはじめて適用された。今回はJCO事故を遙かに上回る損害賠償が予想される上、JCOのときには問題とならなかった様々な被害が保障対象となるかが問題となるだろう。何より、同法3条但し書きが規定する「異常に巨大な天災地変」を理由とする事業者免責が適用されるか否かは最大の争点となると思われる。この点、地震と津波の発生で多重防護が同時に損われ、炉心事故が発生する危険性は、かねて議論されてきたと聞く。安易な但し書き適用は慎まねばならない。さらに、もちろん、民法など他の法規による損害賠償請求などの手続きも排除されるものではない。

 4月3日、枝野官房長官は事故調査委員会の設置に記者会見でふれ、「事故の検証は客観性が高い枠組みで進めなければならない。事故対応に遅れを及ぼさない範囲なら、できるだけ早く進めるべきだ」としつつ、「政府、経済産業省、原子力安全・保安院、原子力安全委員会も検証を受ける立場だ。実質的な独立性が必要だろう」とも述べている。事故調査委員会については、真実究明による再発防止の観点から、調査対象者個人の刑事免責が論じられることが多い。しかし、ケースによっては、刑事免責が適切でない場合もある。

 このように、原賠法3条但し書きによる免責や、事故調査委員会設置における刑事免責など、法的責任に関する議論は容易ではない。そこでは、社会全体にわたる公の利益と個人の被害の救済が対立するからだ。 

 しかし、科学技術とともに生活していくということは、利便性だけではなく、それに伴うリスクを選択することでもある。リスクが現実のものとなったとき、その「法的責任」はどうあるべきだろうか。 

 筆者は、3月25~26日、パリで開かれた「法と科学技術のネットワーク」主催の国際会議「法、科学と技術-責任は?("Droit, Sciences et Techniques,quelles responsabilites"?)」に出席した。

 そこでは、多くの、そして様々な分野の法学者が、新しい科学技術がもたらす社会への影響とその法的責任について、幅広い議論を交わしていた。

 中でも刺激的だったのは、私たちの次の世代は、私たちが選択した科学技術について法的責任を負担すべきだろうか、という問いかけだ。法が対象としているのは、本来、法の制定に参画した主権者である。しかし、科学技術は世代を超えて影響を及ぼしていく。新しい科学技術に関する議論において、次世代の法的利益を誰が代弁するのか。これは将来に向けた考察だ。

 残念ながら我が国では、未だ、原賠法や事故調査委員会における刑事免責のように事後的責任問題にとらわれがちだ。

 今回の原子力事故を通じて、筆者は、事前にできたはずのこと、そして今後、多くの新しい科学技術について、法律家が意識していかねばならないことは次の点だと考えている。

 すなわち、どれほど小さな確率でも科学技術にリスクはつきまとうことを前提に、そのリスクを事前に評価し、選択するかどうかについて、公正で開かれた議論を立法と行政の中で行うことだ。安全か危険かの二分論に陥りがちな現行の審議会方式に警鐘をならしたい。

 もし行政や立法の段階で議論が尽くせなかった場合、差し止め訴訟などの形で裁判に科学技術の受容の問題が持ち込まれる。紛争処理という性質から来る訴訟の限界を意識しつつも、事案のタイプによる個別解決が可能であるという利点も生かして、訴訟手続きで科学技術を議論するフォーラムを形成できるよう制度設計を再度考察し直すべきだ。

 おそらくこれから原子力に関する賛否両論が噴出するだろう。しかし、問題は原子力だけではない。科学技術一般について、人間からのコントロール不能に陥るリスクは一定程度存在する。

 今こそ、科学技術について法の専門家と科学技術の専門家が協働した法的熟議の制度設計を議論すべき時ではないか。

〈追記〉フランス・スイス調査に同行し、多くの専門家との議論に参加してくれた本堂毅氏と、卓越した通訳で議論を円滑なものにしてくれたパリ在住の大関達也氏に感謝したい。加えて、本稿では科学技術振興機構・社会技術研究開発センター(RISTEX)における「不確実な科学的状況における法的意思決定」プロジェクトメンバーによる多角的な問題提起をふまえていることを付言する。

中村多美子

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